公的団体の新拠点となる、
ベストな土地を探せ。

必要な敷地面積は2,500~3,000坪。土壌が浄化済みであること。境界が確定されていること。道路に面していること。公的な機関でもあるため、年度の予算は確定済み。したがって引渡しの期限も確定している。そうしたいくつもの条件に合致する土地は、はたして存在するのか。周辺エリアをくまなく調査し、ようやくあがった候補地を祈りにも似た心境で詳細を確認すると、所有者が三井住友信託銀行の取引先であることが判明。法人トータルソリューション事業の担当者と不動産担当者がタッグを組み、その後の礎となった、土地売買仲介プロジェクトを追う。

12時間歩き続けて見つけた、
ニーズに合致する物件。

ことの発端は、当時、法人営業に在籍していた関恵都美が、ある公的団体を担当したことからはじまる。三井住友信託銀行としては年金の受託を手がけてはいたものの、ホールセールとしての取引はなし。いわば新規開拓に近い相手先だった。「ほぼゼロベースでのアプローチだったので、何よりもまず我々の地位を上げるところからはじめる必要がありました。他の金融機関がメインバンクとして入り込んでいて、ハードルもありました」。そうしてヒアリングを重ねる中で、ニーズとして浮上したのが不動産だったのだ。

このお客さまは全国各地に拠点を持ち、公的サービスを提供している団体だ。そのため地方の施設が大半となり、手数料ビジネスを主軸にしている不動産仲介業者も、相対的に都内よりも情報量が少なく、また売買価格も低くなりがちな地方のニーズ対応には二の足を踏んでいた。だが、お客さまが最も困っている課題に向き合うことこそ、関係を深めるにはもってこいだと関は判断。優先度の高いエリアで、土地調査をはじめた。上司とともに関が歩いた距離は実にローカル線3駅分、12時間もかかったという。「事前に候補となりそうな土地のリストを50件ほどにまとめて現地に出向いたのですが、登記簿を調べるところまで及んだのはわずか5件。その内4件は売り物になる可能性が低く、残ったのは1件だけでした」。

その1件である閉鎖工場を所有していたのが、ある事業会社だった。関はすぐに、社内でその企業を担当している部署を調べ、不動産事業の半田琢哉に連絡を取った。「実は不動産事業としても、その企業との不動産取引は10数年なかったため、きっかけを探していたんです。そこで先方の関連会社などを通じて、売りに出す余地があるかどうか、ヒアリングをはじめたわけです」。

万が一のために用意した、
いくつものプランB。

買主サイドに関が、売主サイドに半田が立つ。だが、本件では買主が公的団体ということもあり、提示された条件は厳密だったと半田は振り返る。「境界線の確定、土壌汚染の浄化、スケジュールの遵守。しかもそれらはすべて『絶対』ということでしたので、実現可能か、不安は大いにありました」。

最大の難関だったのは、境界が確定していない隣地の1軒について、所有者までたどり着くことに難航したことである。「登記簿は大正時代のもので、それ以降のものが存在しない。まず親族を探し出さなければなりませんでした」と半田。時代とともに、その不動産を所有する世代は移っているのだから、現在の所有者を特定するのに骨が折れたことは想像に難くない。「弁護士とも相談の上、一部の土地を残して売却するスキームも提案しましたが、最終的に地権者を探し出すことができ、難を逃れました」。境界が確定したのは引渡しの2週間前だったという。

また、公と民間の、決定プロセスにおけるテンポの違いも浮き彫りになった。土壌調査や浄化には半年以上の月日が必要だが、事業会社のスケジュールでは引渡しの期日に間に合わない可能性が出てきたのだ。「買主側は年度ごとに予算も事業内容も決定済みなので、期日遅延は許されません。そこで、タイムロスを埋める回避策として、土壌汚染対策ファンドの活用や、土地のリースバックなど、複数の代案を用意しました」。結果として、それらプランBを使うことはなかったが、そうした代替案を常に提案したことが、お客さまの大きな評価にもつながった。

ひとつの取引を糸口に、
その後が展開していく理想形。

その後、不動産事業に異動した関は、当時を述懐してこう語る。「法人営業の役割は『お客さまのため』を徹底することなので、不動産の知識もないのに、けっこうな無茶を半田さんにお願いしていたと思います。それは、不動産事業に来てみてよくわかりました」。だが、「お客さまにも法人営業担当者にも、不動産の知識を豊富に持っている人は少ない。不動産事業とタッグが組めた経験は、私個人だけでなく、周囲の法人営業担当者にとっても大きな知見になったと思います」。

その後、法人トータルソリューション事業ではこのお客さまとの取引を拡大し、運用取引を獲得。また、土地の流動化や保有する機器のリースなど、資金調達のサポートを展開するに至っている。また、不動産事業でも売主となったお客さまとの関係を深め、法人営業と組んで、別の工場跡地の売買仲介を手がけている。「期待していたことが、そのまま実現しているという実感です。関から連絡を受け、お客さまとの折衝を重ね、それが次の案件にもつながる。理想的な流れと言っていいのではないでしょうか。法人営業と連携する機会は、今後もっと増えていくと思います」と半田は実感を込める。

不動産は今、保有の時代から貸借の時代へと変化している。一部の海外投資ファンドなどを除けば、本当にニーズに合致した時にのみ、物件は動く。「ないなら、ないで仕方ない」という買主の懐に入り込み、本質的な課題を共有しなければ、不動産がソリューションになるとは限らないのだ。そんな中でパフォーマンスの最大化のために奔走した関と半田。各々がその後、それぞれのお客さまとの距離を縮め、さらに発展させる礎となった点で、本プロジェクトは新たな不動産取引の幕開けとして、刻まれるかもしれない。

MEMBER PROFILE

関 恵都美

ほぼ「新規顧客」と呼べるお客さまとの取引地位を上げるために、ヒアリングを重ね、不動産取得というニーズに辿り着く。そこで、不動産事業と協業するかたちで、売主と買主の売買仲介を果たした。この案件をきっかけに、資産の有効活用やキャッシュフローの創出など、新たな展開にも貢献した。

半田 琢哉

普段は、都心部や駅前にある収益物件の売買仲介に従事しているが、本プロジェクトでは地方の遊休地を公的団体に売買するとあって、いくぶん変わった動き方もした。予定された期日までに引渡しを完了させることが必須の要件であったため、状況を打開するための秘策を練り、交渉に挑んだ。